11月〜2月のお祭り特集


イード・ウル・フィトル
2004年11月15日月の出方次第で日にちが変ります。詳細はイスラムカレンダーにて確認を。


オールドデリーのジャマ・マスジッド(左は全景・右は内部)
建築王シャー・ジャハンが建てたもの。

毎年行われる「ラマダン」(断食)の1ヶ月。それが終わるとイードのお祭りです。
イード ウル フィトルの日は学校もお休み。ジャマ・マスジッドは下段写真のように
一部の隙間もないほどの信者たちでうめつくされ、アッザ−ンに続き、お祈りが始まります。

ムスリムが多いオールドデリーのジャマ・マスジッド近辺のマーケットは、ライトアップされ
お祈りが終わった人々の波で夜遅くまで賑わっています。この日は親戚やお友達に
ミタイ(インドの甘いお菓子の詰め合わせ)を配る習慣もあるので、ヒンドゥ教徒のディワリと
イスラム教徒のイードの前後はお菓子やさんは大忙し。特設売り場まで登場し、
年末のアメ横…って感じです。


ジャママスジッド内だけでなく外側の階段まで
お祈りの人・人・人!!


グル・ナーナック・ジャヤンティ
11月26日   スィク教の始祖、ナ−ナックのお誕生日

左はグル・ナーナックジャヤンティの日のグルドワラ
(スィク教のお寺)です。オールドデリーのスィク教徒の多い
ロシャナラロード地区では、お誕生日前夜が1番混み合い
グルドワラ詣でのあと、家族でレストランに繰り出す
スィク教徒を沢山見かけます。
スィクとはヒンディ語の「スィークナ」という単語から派生し
「学ぶ」とか「弟子」とかいった意味。
戒律などくわしく訊ねてみると、とても面白い,興味深い事
がいっぱいです。

グル・ナーナックから数えて5代目以降は「グル・グラント・サーヒブ」と呼ばれる聖典を
「教祖」とすると定められ、グルドワラの中央には聖典が置かれています。
日本ではインド人というと「ターバン巻いてる」と思う人が多いのですが、
ターバンを巻いたスィク教徒は実はインド総人口の2パーセントに過ぎません。
ただ、商売上手が多いので世界中で商人として活躍していたり、身体ががっしりとして
背が高い人が多いため目立つということでしょう。スポーツ選手にも、クリケットの
ハルバジャン・スィンをはじめとしてスィク教徒が活躍してますしね。
おまけにスィク教徒の女性は美人揃い。

男性の場合にはSingh、女性の名にKaur というのがついていたら、たいていスィク教徒です。
「5つのK]を身につけることが義務付けられていて
Kesh(髪の毛・スィク教徒は髪の毛やヒゲに剃刀、はさみを入れてはならない。
ターバンの下にはお団子状にまとめたながぁい髪の毛が隠されているのです。)
Kirpan(刀・いつも短剣を身に着ける) Kara(腕輪・鉄の腕輪を身につける)
Kanga(櫛をつける)Kaccha(決まったパンツをはく)というのを守っている人が多いです。

イスラム教徒との抗争の時代に、パンジャブ州あたりで屈強な男子を組織して
軍隊件宗教組織としたのがはじまりと言われ、現在でも家族はヒンドゥ教徒・
長男だけはスィク教徒にしている、というパンジャビもいます。

スィク教徒の1番の聖地はアムリトサルにある「ゴールデンテンプル」。
ヒマチャルプラデシュ州のマニカランという聖地は温泉が涌き出ていることもあり、人気の場所。

スィク教徒のお寺・グルドワラではランガルという食事が無料で提供され、
配膳、給仕などはスィク教徒のボランティアでまかなわれています。
また、いくつか宗派があって、原理を追求する厳格派のひとが
戟を手にしてグルドワラの入り口にど〜んと構えていることが
多いです。(右写真はチットランジャンパークのグルドワラにて)

「来るもの拒まず」の寛容なスィクのグルドワラに、詣でてみませんか?
(男女ともに頭を被う布が必要です。男性はハンカチで可。女性は
スカーフなどで。)

共和国記念日
毎年01月26日
日本ではあまり知られていませんが、1月26日の
共和国記念日はインドでは国を挙げての祝日です。
各地でイベントやパレードが行われますが
中でも有名なのはデリーの大統領官邸から
ラルキラーまでのパレード。
陸海空軍を始め、各州警察隊、各州の山車も
繰り出し、戦車からフィナーレには戦闘機まで飛ぶ
という派手派手なものです。
(左はパレードの順路・赤い部分を通ります。)

当日の入場券は入手も難しくラジパトの両側にできる
観覧席に入るには厳しいセキュリティチェックも
ありますからこれはテレビでゆっくり鑑賞するとして、
おすすめは「大統領官邸の夜景」!
共和国記念日をはさんで3日間のみ大統領官邸・
政庁舎・国会議事堂が見事にライトアップされるのです。
(インド門から官邸方面を眺める)

日頃のデリーの喧騒が嘘のように、それは綺麗な
夢のような夜景をぜひご覧下さいね。
インド門あたりに車を停めて、お散歩しながら
大統領官邸まで。
この時期日暮れは18時ごろですから
これを目安に到着すれば運が良ければ大統領官邸の
門まで(ライスィナヒルの上まで)行けるのです。
政庁舎のテラスから見下ろすラジパトやインド門の
眺めも格別!

また普段はボート遊びで賑わうラジパトの運河に写る
官邸や政庁舎の夜景もとてもロマンチック。
19時ごろにはデリー近辺だけでなく、インド各地からの
観光客も一杯繰り出して、とても賑やかです。

下段左は当日の各社の新聞。
インド国旗の色、サフラン・白・緑がふんだんに使われて
お祭り気分を盛り上げます。
今から56年前の1月26日、インド憲法が発布され
共和国となったことを記念する祝日が
「共和国記念日」です。

ライスィナヒルの門から見た大統領官邸
ここにKalam大統領が住んでいます。

おまけ情報2005年度版

行ってきました、共和国記念日のパレード。
まずは大統領と国賓が黒塗りの長ぁ〜いセダンに乗り登場、着席のあと
各軍隊を先頭にパレードが始まります。(今年のメインゲストはブータンの国王様でした。)
ヘリコプターから巻かれる赤い色は今までテレビでは「煙幕」かと思っていましたが
なんと!!本物のバラとマリーゴールドの花びらが舞い落ちてきてびっくり。
戦車やミサイルなども登場、インドの軍事力を見たか!!って感じの軍隊のパレードに
引き続き、各州の趣向をこらしたフロートが続きます。

このパレードにはなかなかデリーに来る機会のない地域の学生たちも参加できるように
取り計らわれており、リハーサル含め1ヶ月ほどを政府が準備した寮で過ごしつつ
デリー見学をして、パレードに出演して帰るのだそうです。彼らにとっては一生一度の
都会見物になる場合もあるとか。

招待状には駐車場ナンバーの書かれた紙が同封されており(写真@)、これをフロントグラスに
提示してジャンパトゥの駐車場まで入ります。(この日は許可証のない車はデリーの中心部には
入れないよう規制されています。)入り口ではセキュリティチェックがあり、
携帯電話、カメラはもちろんのこと、ペンなども一切持ち込みできません。かろうじて
財布は持って入れますが、女性のショルダーバッグも駄目。
チェックを通り抜けたら指定の観覧席へ。 一応英語とヒンディ語とで説明アナウンスがありますが
大統領と国賓席の前を通過するフロートを主体にアナウンスが流れるため、
座る場所によっては説明がずれて?????

テレビで見るのとはまた違った楽しみ方ができる共和国記念日パレードでした。


          写真@駐車用ステッカー            写真A招待状

イード ウル ズーハ  2005年01月21日


イスラムの祭礼の中で最大の「犠牲祭」、別名「バクリ(ヤギ)イード」とも呼ばれるお祭り。
アラビア語のiwdは「祭り」zuha=uzhaiyyaは「犠牲」を意味します。

この祭りはハズラト・イブラヒムの行いをたたえ、自己犠牲の備えをするよう呼びかけるもの
でもあります。その昔アッラーの神がハズラト・イブラヒムに一番大切なものを捧げよと
命じた際に、イブラヒムがたいそう大切にしていた息子イスマイルを生贄に捧げようとした、という
話に基づき、山羊を犠牲に捧げ、振舞います。息子を捧げ目隠しをしたまま刀を振り下ろした
イブラヒム。アッラーの計らいにより、生贄として捧げられたはずの息子は無事で、代わりに羊が
斬られていたというのです。

この日イスラム教徒は朝モスクでの祈りのあと、自宅で生贄を捧げ、その後調理して
友人や親族と分け合います。または新調した服で挨拶回りをし、富めるものは貧しいものに
お金や衣服などを振舞うのです。子供たちもお年玉のようにお小遣いをもらえるので
楽しみにしているお祭り。この期間に捧げる祈りは通常のものよりご利益があるとされます。
預言者モハメッドはこの祭りを3日間と定めましたが、イードウルズーハ当日は「コーラン」の
成立日ともされています。この時期が聖地メッカへの巡礼「ハッジ」の時期。
セヴィヤン(またはセーミヤン)と呼ばれるビーフンのようなものをたっぷりのギー(精製バター)と
砂糖、ミルクで煮詰めて作るお菓子がこの祭りの定番のお菓子。
インドでは「お菓子」を贈り合う習慣があるのでお菓子屋さんは大賑わいの時期でもあります。



新しい白いクルタを着て、ハッジの帽子をかぶり、お互いに
イードの挨拶を交し合う人々。